宇都宮家庭裁判所 昭和44年(少ハ)4号 決定 1970年2月09日
本人 I・K (昭二三・一二・二六生)
主文
本件収容継続申請はこれを棄却する。
理由
本件収容継続申請の理由の要旨は
「上記在院者は昭和四二年九月五日宇都宮家庭裁判所において窃盗保護事件につき中等少年院送致の決定を受け、次いで昭和四四年二月二一日収容継続決定がなされ、同年一二月二六日をもつて所定の期間が終了すべきところであるが、同収容継続決定に指摘された虚言の傾向はいまだに矯正されず、また他人の忠告意見に素直な反応を示さず、反省がなく、自己中心性が強く対人関係がはなはだ未熟であつて、このままでは一般社会に出ても再び反社会的行動に出る危険が多く、その犯罪的傾向はいまだに除去されていないので、相当期間収容を継続すべき旨再度の決定を得たく本申請に及んだ。」
というにある。
ところで、少年院法第一一条の規定は少年保護の目的を達成せんとする趣旨に出ずるものであるから、同条第四項の年齢の制限内においては繰返し収容を継続できる趣旨と解するのが相当である。本来収容継続の期間を定めてもこれは極めて展望的見込的なことであるから、一度決定した期間が少年保護の目的達成に絶対的に相当であるとは限らず、その期間終了によつてもいまだ犯罪傾向が除去されないなどの事情があることも当然予期されることである。したがつて、収容継続は一度限りしか許されぬということでは収容保護による矯正の効果が挙りつつある場合にその中途で矯正教育を中止しそれまでの効果を無にしてしまう結果にならないとも限らないわけである。再度の申請であるからといつて、形式的に不適法として却下することは少年保護の目的達成という趣旨に照らし、相当でなく進んで実質的審理をするべきものと解する。収容継続決定の制度が人権保障の見地から少年院収容における行政権への司法的抑制作用を目的とするものであることはいうまでもないが、収容継続決定は一度に限り許されるに過ぎないとするならば、継続期間決定にあたり最初から長期間を指定することが多くなるというおそれがないとはいえず、却つて司法的抑制の目的に反することになりかねない。むしろ二三歳を超えないという制限のもとに収容継続理由の有無について、司法機関による度重なる実質審査の機会をもたせる方が、最初から長期間を見込んで一度限り継続するよりは人権保障の趣旨にも沿うものと解せられる。したがつて、少年院法第一一条の規定の趣旨を合目的々に解釈して繰返し収容継続決定がなし得るとしても差障りない筈である。また従前の収容継続決定後の保護の反応効果等の事情の変化に伴う新たな継続事由の存在を前提とする以上、一事不再理の原則にも抵触することはないというべきである。
よつて、本件においても進んで申請の理由があるかどうか審案するに上記在院者本人、保護者父I・Zの各供述、喜連川少年院分類保護課長法務教官石井敏活および同少年院勤務法務教官山県哲川の各供述、当裁判所調査官榊雅子の調査報告その他一件記録を総合すると、
(1) 上記在院者は喜連川少年院収容後現在までに緩慢ではあるが矯正教化の実を挙げて来てはいるけれども、未だ屡々虚言を弄し、寮新聞に掲載する詩などを盗作をしたりし、職員の個別指導などに対しては表面的には神妙な態度を示しながら、聞き流し、若い職員や仲間に対しては舌打ちをしたり、とぼけたりして率直にその意見をきこうとせず、物の見方や考え方が自己中心的であることが認められる。けれども、これらの性格的欠陥は本人が知能指数七六という限界域で知能低劣だとして扱われているという意識があり、そのため劣等感をもつている一方既に年齢は二〇歳を越して居り、在院期間も長期になり在院者としては先輩でもあることから、ことさらに自己を実際より、よりよく見せようとする自己顕示、自己誇示的傾向をもつために盗作したり、虚言をついたりするものであり、職員や仲間から注意や意見をされてもその場では懲罰等をおそれて表面は神妙にしているものの内心では却つて劣等扱いされているものと意識して反発し、容易に順応せず、徒らに仲間づきあい等対人関係を悪くしているものであり、加えて生来一人子で両親から過保護溺愛を受けたため、他人に対しても両親と同様に我儘や要求を受け容れてくれることを無意識的に要求するため、思いどおりにならないと衝突してしまうという結果になり易いことが窺知される(もつとも本人自身は対人関係の未熟さのこれら原因については認識していないため、内心では独りその矯正方法を探し出そうとしながら探し得られず摸索し苦慮している様子が認められる)。
(2) また、以前に比べ家庭環境も好転し、両親は共稼ぎしているが収入も月七万円位あり、住居を新築して転居し生活程度も中位になり生活に余裕ができ、夫婦で在院者本人の教育、就職先等についても心を配り、本人の希望する調理士受験への体勢をも整え、将来は父子で食堂を経営する準備をしていること、親子とも保護司福田友吉と連絡をとつており、同保護司も今後とも協力指導していこうとしていること等が認められる。
(3) 本人は現在職業補導としては少年院の設備の関係上農耕科において補導を受けているが本人の将来の職業の希望および家庭の事情から農耕を営む予定は全くなく、調理士を望んでいることが窺われる。
(4) 在院者本人は上記保護司に可成り信頼を寄せているようであり両親に対しても以前とは違い、何事によらず相談しようとする態度をとつており、今後これらの者との間においては円滑な協力がなしていけるものと推認される。
以上(1)ないし(4)によると、在院者本人の矯正はなお長期にわたり辛捧強くやらねばならないが、必ずしも収容による必要はなく、却つて本人に対し再度の収容継続をするとすれば劣等感を助長し、自己顕示、自己誇張傾向を甚だしくし、自棄的にさせ、対人関係の成熟を図れず、今迄の少年院における折角の矯正効果を無価値にしてしまう危険がある。むしろ受け容れ態勢もできたのだからこの際思い切つてこのまま退院させ、一般社会に復帰させ、父母、前記保護司雇主等の協力によつて善導し、また一般人と多く接触させ、対人関係の多様性を自覚認識させるようにした方が本人の現在ある更生意欲を促進すると思料される。本人は一級の上に属してはいるが、一般寮から移され現在個別寮に収容されているため、このまま退院させては他の在院生に対して好ましい影響を与えないことはあるが、この点は本件収容継続を必要とするかどうかの理由として考慮すべきことではない。
よつて、本件収容継続申請は理由がないものとして棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 三井喜彦)